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 寄せ書き 
斎藤由香「星新一先生の思い出」

エッセイスト・北杜夫氏 長女
 私が小学生の頃、星新一先生の『ボッコちゃん』『悪魔のいる天国』などを読んで読書の楽しみを知った。 ボッコちゃんという美人のロボットがいるバーのやり取りは今でも目に浮かぶ。 小学生にとってバーがどんな場所かも知らなかったが、ボッコちゃんとお客さんとの会話にどきどきして想像が膨らんだ。 当時の小学校の同級生では「江戸川乱歩派」と「星新一派」がいて、どちらの作品が面白いか、競うように読んだのが懐かしい思い出である。

 昭和五十六年の秋、私が大学生の頃、躁病を発症した父は、「日本は税金が高いから日本から独立したい。マンボウ・マブゼ国家を作ることにする」と言い始め、玄関先には『ここがマンボウ・マブゼ共和国です。恐怖の狂人、この家に住む。万人注意!』という看板を出した。 国旗を母に作らせたり、国歌を作ったり、紙幣のイラストを谷内六郎さんに依頼したりと子供のように夢中になった。 それを見ている私も学園祭気分で大いに楽しんだ。

 そんなある日、父と星先生との対談があり、父が国家建国の話をすると、非常に面白がって下さったそうで、文化の日もあった方がいいとの会話があったという。

 父は帰宅するなり、「文化の日を作ることにした。自宅の庭で園遊会もやりたい。日本は文化の日だが、マンボウ・マブゼ共和国は『文華の日』にして、文華勲章とする。星さんが勲章を欲しがるので、彼に文華勲章を与えることにした」と宣言。 そして他の人達にも賞を与えないと不公平だからと、ユーモア文学に対するマンボウ賞には井上ひさし先生、自分の作品を認めてくれたマブゼ賞には文芸評論家の奥野健男氏らに勲章を与えることを思いついて、みなさんに招待状をお送りした。

 翌年二月十六日、星先生をはじめ、みなさんは父のバカげた遊びを面白がって下さり、来宅された。 何と新聞社や週刊誌などマスコミの方々も来ているではないか。

 小さな庭で文華勲章授与式が開催され、父は星先生に文華勲章の表彰状を読み上げる。

「星新一殿。貴殿は優秀なショート・ショートを生産し、若者に本が売れ、その収入によって大いに毎晩アルコールを飲みつづけ、大酒乱となり、翌日はまったく覚えていない滅茶苦茶な卓抜な放言をする功により、ここに第一回文華勲章を与えます」

 星先生に表彰状と谷内六郎さんのイラストが入った勲章と、二百万マブゼが与えられて、みなさんが笑いころげ、星先生は満面の笑顔を見せて下さった。

 無事に文華の日が開催されたその数か月後、父につきあって銀座のバーで星先生とご一緒したことがある。 オールドの水割りを飲みながら、また父は星先生の酒乱をからかっている。

「星先生はすごい酒乱なの。酔っ払うと、なめくじの真似をして、バーの床を這いつくばるすごい人なんだよ」と私に説明する。 しかし傍らで上品に水割りを飲みながら微笑される星先生は、実に堂々とした紳士でとてもそんなことをなさる方とは思えない。 おそらく父が喜ぶので、サービス精神のある星先生がどこかでそんなことをして下さったのかもしれない。 よくぞ父のような変人とおつきあいを下さったかと今でも胸がいっぱいになる。




昭和57年2月16日、マンボウ・マブゼ共和国「文華の日」
星先生には文華勲章の勲章と表彰状が授与された。
撮影・新潮社 無断転載禁止


2016年9月

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