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 寄せ書き 
東雅夫「偉丈夫」

アンソロジスト・文芸評論家
 星新一氏との御縁は、もっぱらアンソロジー編纂の仕事を通じて、ということになる。
 たとえば『日本怪奇小説傑作集3』(紀田順一郎氏と共編)には、数ある星作品の中でも屈指の名作のひとつと個人的に信じて疑わない「門のある家」を、『文豪てのひら怪談』には、四谷怪談に江戸川乱歩の死をからめてヒヤリとさせる傑作エッセー「たたり」を、最近も『文豪ノ怪談ジュニア・セレクション 霊』に、星流ゴースト・ストーリーの逸品である「あれ」を、それぞれ収録させていただいた。

 どうしても私の場合、SF本流よりも、怪談や幻想文学系の作品に目が行きがちなのは、根っからの「おばけずき」気質の然らしむるところなのだろう。
 最初に接した星作品が、中島河太郎・紀田順一郎編『現代怪奇小説集3』所収の「おーい でてこーい」や、筒井康隆編『異形の白昼』所収の「さまよう犬」や、吉行淳之介編『奇妙な味の小説』所収の「暑さ」だったという刷り込みも大きかったに違いない。
 ちなみにこの三作、少年時代の濫読期にほぼ同じタイミングで読んだので、どれが最初だったか今となっては記憶が定かでないのだが、「一字一句の無駄もない傑作」(筒井康隆)「こけおどしの辞句を弄しない戦慄を捉えたのは作者が最初であろう」(中島河太郎)といった編者諸賢の評言に深く頷いて、世の中には物凄い作家がいるものだと、あわてて星作品を読み漁ったものだ。

 星氏には一度だけ、直接お目にかかって、お話をうかがったことがある。
 時に昭和60年(1985)1月23日  当時、私が編集長を務めていた雑誌「幻想文学」第11号「幻想SF」特集の企画で、戸越の御自宅にインタビュー取材にうかがったのだ。 「幻想文学」の取材は、通常は私と発行人の石堂藍の二人で出向くことが多かったが、そのときは石堂ではなく、「きねずみあん」こと浅羽通明に同行を頼んだ。
 浅羽と私は県立横須賀高校→早稲田大学と同窓で、高校時代には「百鬼夜行」というSF同人誌を一緒に作っていた間柄である。 といっても、私はSFとは直接関係のない、澁澤龍彦やマックス・エルンストやティラノサウルス・レックス(後のTレックス)に関するエッセーを、好き勝手に寄稿していただけなのだが。
 浅羽の星作品への並々ならぬ傾倒ぶりは、当時から歴然としていたので、この千載一遇の機会を逃す手はないと考えたわけだ。

 ……と、ここから取材時の様子を御紹介しようと思ったら、なんたることか、すでに浅羽が先を越して、この「寄せ書き」コーナーに、そのときの顛末を嬉々として書き記しているではないの!
 というわけで詳しくはそちらを御参照いただくとして、私自身は、応接間に現われた星氏の風采が、漠然と予想していた以上に、スラリとした偉丈夫でいらっしゃることに、内心驚きを禁じえなかった。
 もとよりそれは、ショート・ショートというミニマムな文学形式の達人といった既成イメージとの落差によるところが大きかったのだろうが、それと同時に、どこか「人間ばなれ」した(もちろん良い意味で。ハイクオリティなショート・ショートを生涯にわたり1000篇以上も書き継ぐなど、どう考えても常人の為しえる業ではない)存在であることを証し立ててもいるようで、なんとも感銘を深くしたのだった。

 お話の中で特に印象に残っているのは、SF以前の読書遍歴に関する次の一節である。

「佐藤春夫さんが中国の短篇を子供向きに書き直して一冊にまとめた本が出ていて、それなんかもかなり……だからぼくは今でも、ショート・ショートの原点は中国の怪奇談じゃないかと思ってるくらいでね。西洋のものよりはるかに異様な話が多いですよ。中国人ってのはものすごいリアリストでしょう、なにしろ神を認めないんだから。そのなかで、あえて“怪力乱神”を語ってるわけだから、本当に妙な話ばかりが集まっていて、もっと注目されていい分野だと思いますけどね」

 この御指摘には、ハタと膝を叩く思いしきりであった。
 戦後文学の世界に、ほぼ独力でショート・ショートというジャンルを切り拓き定着させた星氏は、一方で川端康成や城昌幸ら、幻想掌篇ジャンルの先覚者たちへのリスペクトを折にふれ表明してもいるが(後者については自らアンソロジーまで編まれている)、その源流が中国志怪小説にあったとは……はるか後になって、私自身が「てのひら怪談」という800字の文芸運動を手がけたときにも、この星氏の言葉を折にふれ想起させられたものだ(『文豪てのひら怪談』に、岡本綺堂訳の中国志怪掌篇を採録しているのも、それゆえである)。
 なお、このときのインタビューは、『幻想文学講義 「幻想文学」インタビュー集成』(国書刊行会)に再録されて、今でも読むことができる。 上記に限らず、星氏のお人柄が偲ばれる、興趣あふれる発言の宝庫なので、御高覧いただけたら幸いである。


2019年10月

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