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 寄せ書き 
白川小六「考え方の遺伝子」

日経「星新一賞」グランプリ受賞者
 2019年の暮れ頃、自分の作品が「星新一賞」の最終候補に残ったと知ってからの非現実感と言ったら、半端じゃないのです。

 年明けにお隣の中国で発生した新型コロナウイルスによる肺炎は、あっという間に世界中に広がり、まるで百年前に戻ったかのような感染被害をもたらしています。 栄養も衛生も医療設備も行き届いた先進国で(だからこその過信が災いしたのかもしれませんが)、バタバタと人が亡くなり、医療に携わる人々が悲鳴をあげています。

 私の住む岩手の田舎でも店頭からマスクと消毒液が消え、学校は休みになりました。 けれども、家の中は静かで平和で、家族はそれぞれの部屋で好きなことをし、外では雉や狐やウグイスが鳴いています。

 最終候補だった作品はなんとグランプリに選ばれ、ペンネームが日経新聞で報道されました。 星先生の名前を冠した賞、しかもグランプリです。 賞金だっていただけるのです。 受賞作は電子書籍に収録され、たくさんの人が読んでくださったようです。 また、それとは無関係にカクヨムに投稿した短編が一本、KADOKAWAさんから出るアンソロジー書籍に掲載されることが決まりました。 こちらは私にとって初めての紙の本です。  

 非日常と、日常が混ざり合って、しかも非日常の目盛りは良い方と悪い方に思い切り振れていて、もう、何が何だか……。 これを書いている今も、ニュース画面では総理が七都府県に緊急事態宣言を出し、雲がちな春の夜空にはほんのり桃色のスーパームーンが輝いているのです。

 全体としては悪夢なのに、自分にだけ都合の良いことが起きる夢を見ているみたいです。 もし、全部が夢で、病院のベッドで目を覚まし、「ずっと眠らずに働かなければ払えない治療費」を請求されたらいやだなあ、などと呑気な考えも浮かんできますが、これらはまぎれもない現実であり、昨日も今日もたくさんの命がウイルスによって奪われています。 世界はまだまだ終わりの見えない危機に立ち向かわなくてはなりません。 この文章が公開される時には、少しでもパンデミック収束の兆しが見えてきていますように。 そして、今回のそれぞれの行動を省みて、次の備えに活かせますように。


 さて、前置きが長くなってしまいましたが、星先生のことを書きます。

 中学の頃、誰に勧められたわけでもなく、星新一作品を読み始めました。 多分、あの一群の文庫本には誘蛾灯のごとく、中学生を惹きつける何かがあるのだと思います。 廊下にも本棚があるような本の多い家庭で育ちましたが、星先生の本は一冊も無くて、並んでいたのはモンゴメリや石森延男や内村鑑三……。 世界名作全集は確か平凡社の大人向けのものと、講談社の子ども向けのものがあったと記憶しています。 だから、私が初めて星新一作品に触れたのは、中学校の図書室でだったはずです。

 たちまち夢中になって片っ端から読み始めた私に、純文学好きの母が「星新一のお父さんは大きな製薬会社の社長さんだったんだけど、星新一の代になったら潰れちゃったんだよ」などと、随分と端折ったゴシップを吹き込んだものですから、私の中には「経営とか決算とかの仕事がつまらなくて、社長室でSFのおかしな話を空想ばかりしている若社長さん」という誤った星新一像が出来上がってしまい、大人になるまでそのイメージが修正されませんでした。 母はその後十年足らずで急逝してしまい、今となっては貴重な思い出の一つです。

 想像の中の若社長さんの立派な(多分マホガニーの)机の上には、他の人には見えない小さなエフ氏やエヌ氏、「ですのよ」なんて上品な喋り方をする色っぽい女の人、悪魔や天使、博士やロボットがウロチョロしていて、タイムマシンを組み立てたり、穴に物を投げ込んだり、宇宙人にピンセットでつまみ上げられたりしています。 若社長さんは仕事に集中しようと一生懸命見て見ぬふりをするのですが、大真面目におかしなことばかりする小人達が気になって気になって、しまいには業務そっちのけで、その様子を観察し書き留めるのです。

 机の上で起きるのはコミカルなことばかりではありません。 真っ暗な深淵を覗き込むような出来事や、たまには洒落たラブストーリーや、地球や人類の終焉がのんびりと或いはあっという間に訪れることもあります。 未来になったり過去になったり、地球だったりよその星になったり、時間も空間も目まぐるしく変化します。

 ショートショートがあんまりスルスルと読めてしまうので、見たものをそのまま書いているような、易々と書かれているような印象があったのです。 そして、魔法のように物語が湧いてくる机(=頭脳)を持っている若社長さんがずっと羨ましかったのです。

 もちろん、星先生が若社長として苦労されたことも、一編一編が簡単に書かれたものではないことも、今ではわかっています。 シェヘラザードが命がけだったように、1001話ものショートショートを生み出すのは、命を削る大変な作業だったのでしょう。 それでも書き上げた。 それだけでもとても真似できそうにありません。 まして、どの作品ももれなく高品質で、昔話のように普遍的で、他の作家のどんな小説とも似ていませんし、読者の物の見方や考え方に少なからぬ影響を及ぼします。

 自分でも小説を書くようになり、それが難しいってことも一寸は身に染みたところで、改めて「星新一」がいかに凄まじいのか、やっとリアルに感じ始めました。 追えば追うほど遠ざかる、そんな存在なのかもしれません。


 今回、星新一賞に応募してみて、私と同じように星新一作品を読んで育ち、思考回路に星新一的な何かを刷り込まれ、自ら小説を書いてみたくなった応募者がたくさんいることに気づき、とても嬉しくなりました。 仲間とか同志とか言ったら大げさかもしれませんが、言ってみれば、星先生から共通する「考え方の遺伝子」を受け継いだ親戚のような感じでしょうか。

 そして、その中に、やはり同じ遺伝子を植えつけられた人工知能までいるなんて、とてもSF的で愉快です。 まだまだ人間が優位のようですが、「作家ですのよAI」が賞の最終候補に残る日もそう遠くはなさそうです。 個人的には「手塚治虫AI」には負けて欲しくないなあなんて思っています。


 楽しみにしていた表彰式は、ウイルス感染拡大防止のため止むを得ず中止となり、賞の運営に携わられた皆様や、他の受賞者の方々にお目にかかれず残念でした。

 直接お伝えできなかったので、この場をお借りして、星新一賞の中間審査・最終審査の先生方、日経新聞および協賛企業・協力団体の皆様、事務局の皆様、星マリナ様に御礼申し上げます。 素晴らしいチャンスの場を作っていただき、ありがとうございました。 賞の名に恥じぬよう、また、遺伝子を受け継ぐ者の一人として、頑張って小説を書き続けていきたいです。


2020年6月

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