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 寄せ書き 
小野塚力 「黄金律の探索者    星新一試論」の思い出

古典SF研究者
 中学にあがったばかりの頃だ。 年長の従兄弟に「お前も、これからは大人の小説を読まないと」と勧められたのが、星新一『ボッコちゃん』だった。 それまで、佐藤さとるのファンタジー作品と漫画ばかり読んでいた私にとって、星新一のショートショート群は、まさに〈驚異〉そのものであった。 「鏡」の残酷さ、「おーい でてこーい」の切れ味。

 ここから、星新一の作品集を読み耽る日々が続いた。 乏しい小遣いをやりくりして、新刊書店や古書店で、単行本や文庫本を贖ったものだ。 ひととおり、星作品を読み通して、私はとりわけ『どんぐり民話館』『つねならぬ話』を好むようになった。 アイルランドの幻想作家、ダンセイニ卿の創作神話『ペガーナの神々』と同じニュアンスを感じたからだ。

 大学院入学後、星新一の訃報に接した。 そのとき、私の頭をよぎったのは、「星新一の全ショートショートをひとつづきのものとして論じることはできないだろうか?」という疑問である。 いいかえれば、星新一の全ショートショートを一元化したいという欲望である。 ふと、作品単位ではなく、作品集単位に論じればできるのではないかと思いついた。 1001篇を各1本ずつ論じることはできないが、単行本の区切りで論じれば、短い枚数で論じることができるのではないかと考えたのだ。

 2005年、第1回日本SF評論賞の募集のニュースをきき、腕試しをかねて、前述の構想に基づき、「黄金律の探索者    星新一試論」を執筆し、応募した。 最終候補作に残るという思いがけない結果を残すことができたが、資料不足もあり、不完全な形での投稿に悔いが残った。

 それから少しして、最相葉月さんの労作『星新一 一〇〇一話をつくった人』(新潮社刊)が刊行された。 選評で、審査員の一人、山田正紀さんから改稿、増補したものが読みたいという感想をいただいたこともあり、私は、星新一論の改稿を決意した。 全作品を再読し、評伝の情報を活用し、書き直した結果、評論賞応募時の35枚から100枚を超えるものとなった。 改稿して感じたのは、大半の星新一作品は究極的には分析を拒むものであるということだ。 最小の構成要素でできあがっているため、分析のしようがないのだ。 改稿を経ても、単行本毎の書評集という体になってしまい、ひとつづきの評論としては成立しなかった。

 『どんぐり民話館』『これからの出来事』に多い民話風のショートショートには、いわゆる、オープンエンド、読者に結末を委ねる作品が増えているが、私には、いかようにでも読めるものを目指しているようにみえる。 そして、『つねならぬ話』に収められた創作神話群からは、世界解釈の企てを感じる。 その布石として存在するのが「レラン王」(『ありふれた手法』収録)である。 夢みる存在として個人の想像力が世界そのものに等しいことを描いたこの作品の延長線上に、『つねならぬ話』の創作神話がある。 星新一は、この創作神話群のなかに、あらゆるものを封じ込めようとしたのではないだろうか。 世界解釈とは、すべての存在を書きとめる、閉じ込めようとする意図の別名である。

 星新一が、後期作品で目指したものは、〈明快さ〉から〈多義性〉への質的転換だったように思う。 従来の星新一作品は、誤読を許さない完成品であり、その意味では読者の読後感にズレがでることはほとんどない。 だが、後期星作品は読者の数だけの読み方があるといってもよいだろう。 結果、多岐に渡る評価軸は、読者層の広がりにもむすびつき、作品そのものの寿命を伸ばすことにもなる。

 1001篇達成後の星新一のたゆまぬ改稿作業をささえたものは、時代を超えて支持される作品を遺そうとする意志だったにちがいない。 さまざまな解釈ができるということは、いかなる時代にも読み得る作品ともいえるからだ。 そう、私にとって、星新一の営為は、普遍的な面白さ、黄金律のようなものを追求しつづけた求道者として意識される。 そして、そのありようは結果として秀作「鍵」(『妄想銀行』収録)に暗示されているように思うのだ。

 遺された作品が、読まれつづける限り、作家は不死といえる。 1001編のショートショートをひとつの存在としてみたとき、そこには、転生し、永遠の存在となった、星新一その人がいる。


2021年11月

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