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 寄せ書き 
高齋正「星さんのワープロ」

作家
★ 簡易翻訳機 ★
 星さんは新しいものが好きである。
 前に富士ゼロックスで、英文をなぞるとその訳文が感熱紙にプリントされて出てくる、簡易翻訳機が発売されたことがある。 それを見たい、と星さんが言った。
 富士ゼロックスには同級生がいた。 かなり上の役職になっていたと思う。 電話して、星さんといっしょに赤坂の富士ゼロックスに行って、その機械を見せてもらった。 その頃の機械であるから、とても使い物にならなかった。


★ 縦書きのワープロ ★
 星さんはワープロにも興味があり、カタログを集めていろいろ調べていたようである。 ただ、文章が縦書きで画面に表示されることが条件であり、そういうワープロは市場にほとんどなかった。 その頃は、ワープロのかな漢字変換が、単文節変換が主流であり、複文節変換ができるという機械も、単文節変換で使う方が変換ミスが少なくてよい、という時代であった。

「画面に縦書きで表示するワープロがないですかね」
 星さんに言われて、カタログを集めた。 サンヨーの製品とミノルタの製品が、画面で縦書き表示をできることがわかった。 ボディーの形がまったく同じなので、家電メーカーのサンヨーの製品を、カメラ・メーカーのミノルタがOEMでミノルタのブランドとして販売していたものと推測している。

 サンヨーには知り合いがいなかった。 私は写真機をテーマにした短編小説をカメラ雑誌に書いていたので、ミノルタの広報部長の田中真さんとは知り合いであった。 田中真さんはカメラ業界の名物男であった。 そして、ミノルタのショールームがJRの田町駅というか都営地下鉄の三田駅の近くにあった。 星さんにとって行きやすい場所である。

 そこまで調べて星さんに報告すると、ショールームに見に行った時に、よく説明してもらえるかなあ、と心配そうである。 私は星さんに「手配します」と言って、ミノルタの田中真さんに電話して、こういうわけなので、星さんが見に行ったら、わかるように説明してほしい、とお願いした。 田中真さんから「星さんがショールームにいらっしゃる時に、前もってお電話いただければ、私がいるようにします。 もし私が席を外していても、秘書に言っておきますから、説明の上手な者を待機させます」との返事をいただいた。
 そのとおりに星さんに報告し、ミノルタの広報部の電話番号と、田中真さんという名前を星さんにお伝えした。

 ミノルタでは社員が喜んだようである。 あの星新一さんがワープロを見にきてくださるのである。 星さんがショールームに行ってどんな人に説明を受けたのか、田中真さんと会ったのか、そのあたりはフォローしていないが、後に社員がワープロを持って星さんの家に伺い、懇切丁寧に説明した、ということは聞いた。 そして、星さんは画面で縦書き表示のできるミノルタのワープロを買った。

 星さんは学生時代に英文タイプの打ち方を習っていたので、ワープロを使うのに、苦労せずにローマ字入力ができた。
 しかし、その頃のワープロはかな漢字変換の性能が悪く、創作活動には向かなかった。 欲しい漢字がなかなか出ずにストレスがたまり、かな漢字変換と格闘しているあいだに書こうと思った文章が頭から消えてしまう。 原稿用紙に手で書く方がストレスがたまらずによい、そんな性能の時代であった。
 私は星さんがワープロを創作活動には使わなかったと推測している。 手書きで完成した作品をワープロで清書することはしたと思う。 ワープロは星さんにとってよい玩具だったと思う。

 ワープロを買ってしばらくすると、星さんから手紙がきた。 開けてみると、ワープロで打った「ボッコちゃん」であり、そこに「ワープロ一号」と書いてあった。
 これは面白いので小さな額に入れてしばらく飾っていたが、そのうち本棚で資料の洋書にはさまれることになった。


★ 110カメラ ★
 星さんが東南アジアを旅行した時に、持っていったカメラを紛失したのか、落として壊したのか、そのあたりのいきさつはよく知らないが、現地でコダックの110カメラを買った。 とりあえず使えればよいということで、シャッター速度が固定で絞りだけ調節する、ごく単純な安いモデルを選んだ。

 日本に帰ってきた星さんが、絞り調節のノブが取れてしまっているけど使えるらしい、と言って私にこのカメラをくださった。 絞り調節のスライド式のつまみが取れているが、ボールペンの先か爪楊枝で絞りを調節して使うことができる。 私は110カメラをすでに2つ持っていた。 星さんからいただいたコダックの110カメラは、フィルムを入れて1回使ってよく写ることを確認した。 このカメラのことを知った仲良くしている若いSF仲間が星さんの大ファンであり、ぼっこちゃんの星さんが使ったぼっこわれカメラとして大切にいたします、と言って持っていった。


★ インスタント食品 ★
 星さんが伊豆半島の別荘に滞在する時に、食事はどうしているのだろうかと、尋ねたことがある。
「インスタント食品を食べています」と言った。 長いあいだ滞在するのでないから、2日分くらいの野菜や果物を持っていけば、あとはインスタント物でよいという判断であろう。 インスタント食品の銘柄を尋ねると、お気に入りの銘柄を教えてくれた。

 いまでもスーパーに買い物に行って、その銘柄を見ると、星さんが伊豆半島で食べていた、と思い出す。
 私の記憶違いということも考えられるので、ここでは銘柄を書かないでおく。


★ ザッハー・トルテ ★
「ウィーンはもう一度行ってみたい都市です」
 星さんがそう言っていた。
 後から知ったことであるが、星さんがウィーンを訪れたときに、よい人たちといっしょに行ったからでもある。

 1983年の夏に、ホンダのターボ・エンジンがスピリットのシャシーに積まれて、イギリスのシルヴァーストーン・サーキットでグランプリ・デビューした。 私は『オートスポーツ』誌のプレス・パックツアーに入れてもらって、イギリスまで取材を兼ねた応援に行った。 写真を撮ったりロンドンのホテルで観戦記を書いたりした。 それからパックツアーの人たちと別れて、オーストリアのリンツという都市に寄った。 小説の舞台となる都市として取材するためである。

 リンツの次はローマに行くので、ローマ行きの飛行機に確実に乗れるように、ウィーンに泊まった。 ちょっと高かったがザッハー・ホテルに泊まった。 そして、ザッハー・ホテルのザッハー・トルテをいくつか日本に送るように手配した。
 星さんが「ウィーンはもう一度行ってみたい都市です」と言ったことを憶えていたので、星さんにもザッハー・トルテを送り、「ダイエット中だということは承知しています。 ひと切れは食べてください」と書いたはがきを投函した。


★ コーヒーの砂糖 ★
 星さんはダイエットだけでなく、医師の目の届くところで、断食だか絶食だか、そんなことまでやっていた。 楽しんでやっていたようである。 取材で動き回る作家は別であるが、一般的に作家は運動不足になりがちである。 それを気にしていたのだと思う。

 SF仲間の深見弾さんが、体重を気にして星さんにアドバイスを求めたところ、星さんが「コーヒーや紅茶に砂糖を入れるのをやめなさい」というアドバイスをした。 深見さんが「いまスプーン2杯入れていますが、それを1杯にしたのではダメですか?」と言うと、「それがいけないのです。きっぱりやめなさい」との厳しいアドバイスであった。

 いつの間にか、私もコーヒーや紅茶に砂糖を入れなくなっていた。 こうすると、こぼした時にべとつかないという利点があった。 ただ、砂糖を入れないとコーヒーや紅茶の味がはっきりわかるので、高いものにつく。 紅茶には凝らないが、エスプレッソ・コーヒーはラヴァッツァと決めている。


2013年11月

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