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 寄せ書き 
森下一仁「星さんの手」

SF作家・評論家
 初めて星新一という人のことを知ったのは、NHKテレビの人形劇「宇宙船シリカ」の原作者クレジットのはずですが、記憶がありません。 小学3年生の時です。番組は喜んで見ました。 今でも ♪みんなの夢でふくらんだ〜♪ というテーマ曲は歌えます。

 星さんの名前を意識したのは、その翌年、1961年の晩秋のことだったと思います。
 良いお天気の午後、私は庭にいて、独り遊びをしながら、家の中から流れてくるラジオの音を、聞くともなく聞いていました。
「ようこそ、地球さん」
 女の人がそう言うのが、耳に入りました。
「えっ?!」と思いました。同時に、不思議な感覚が体の中に広がってゆきました。

 普段の生活では、どう転んでも耳にすることのない言葉なのです。 いったい誰が、誰に向かって言ったのでしょう。 瞬間、幼い思考の枠がバラバラになってしまったのかもしれません。
 すぐに、それが小説の朗読を告げるアナウンスだったことがわかりました。
「ホシシンイチ」という人の書いたお話を、朗読する時間だったのです。 この小説家の名前にも不思議な響がありました。 もしかしたら、どこか地球の外から来た人で、「ようこそ地球さん」というのは、この人の宇宙からの挨拶だったのかもしれないと思いました。

 正しい記憶かどうかは定かではないのですが、ともかく、これが私の最初の「星新一体験」。 タイトルや作家の名前と同じように不思議な話を聞きながら、秋の青空を見上げ、その先の何かに思いを馳せたように思います。 ソ連のガガーリン少佐が世界初の有人宇宙飛行に成功し、「地球は青かった」と言った年のことでした。

 数年後にSFというジャンルを知って読み漁るようになり、星さんのショートショートや「進化した猿たち」を始めとするエッセイを楽しみました。 雑誌〈ボーイズライフ〉で星さんが選者をしていたショートショート投稿欄に応募したこともあります(残念ながらボツでしたが)。

 その間も、その後もずっと、星さんの作品の印象は最初の出会いの時と変わりませんでした。 他とは違うのです。 読んでいると、透きとおった光の中に入ったような、特別な世界が広がるのです。 これは、文体のせいもあるのでしょうが、同時に、星さんが書こうとしたものが、普通の文学とまるで違っていたことから来るのだと思います。

 物語そのものの不思議を突き詰めること――これが星さんのやられたことだと思います。 それは、単に面白さを追求するだけでなく、物語がもたらすさまざまな感慨から、星さんが興味深いと感じたものをすくいあげることだったのではないでしょうか。 そこには、時代やそれぞれの人生も絡んでくるはずですが、そういったものよりも、まず、物語(ストーリー)――その成り立ちを探りつづけ、とんでもないところまで行かれたのが星新一という人だと考えています。

 後年、SF作家クラブに入って、星さんの謦咳に接することができたのは、何よりの宝となりました。 伝説に聞く「星語録」のようなお話をうかがえたのは、1985年春、つくばの科学万博にクラブで一泊二日の見学旅行に出かけた時でした。 歯に衣を着せないというか、天真爛漫というか、そばにいてびっくりするものがありました。

 最後の思い出となったのは、1994年5月、大原まり子さんと岬兄悟さんを励ます会を青山のロシア料理店テアトロスンガリーでやった時のこと。 私はSF作家クラブの事務局長として裏方を務めましたが、宴もそろそろ果てようかという頃、ずっと機嫌よく話などしておられた星さんが退席されることになり、店の外までお見送りをしました。
 店の出入口は少し下がったところにあり、道路へ出るには階段を上がらなければなりません。 星さんはお元気でしたが、もしものことがあるといけないと思い、「手を貸しましょうか?」と片手を差し出しました。
「老人扱いするな!」と叱られるかとも思ったのですが、星さんはニコニコとその手を握り、ゆっくり階段を上られました。
 後にも先にも、星さんと直接、肌を触れ合ったのはあの時かぎり。 柔らかい、大きな手をとって階段を上がった時のことは、これからも決して忘れることがないでしょう。


2015年5月

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