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 寄せ書き 
斎藤肇「星さんの教えに従いまして……」

星新一ショートショートコンテスト受賞者
 さて、まずはショートショートを一本、お読みください。
 この作品にはちょっとした趣向が隠されています。 あなたが筋金入りの星新一ファンなら即座に気づくでしょう。 そうでない場合も、この文章を読んでいるような人なら、ある程度まで読み進めれば予想はつくと思います。


ありがちな診断

 年明け早々のことだ。 エヌ氏が自宅でくつろいでいると予定外の来訪者があった。
「やや、あの声はエフ博士ではないか。こんな時に約束もなくやってくるとはとんだ年賀の客だ。実験台にされて変な薬でも飲まされたらかなわん。居留守にしてしまおうか」
 なにしろエフ博士は変わり者である。 その昔、不眠症に関する、ある研究をめぐって意気投合し、結果的に大成功をおさめたパートナーであり、こうしてゆきとどいた生活を送れるようになった恩人とも言える。 だが、常識離れしたところも多く、あれこれ迷惑をこうむってきたのだ。 先日も、愛用の時計をデラックスな金庫に改造されるという、わけのわからない被害を受けたばかり。 近頃はなにかにつけ閉口していたのだ。
「それもこれも人類愛に基づく雄大な計画の一部なのだ」
 と本人はいうのだが、それならどんな時計でもいいではないか。 エヌ氏が大切にしているのを承知で、だからこそ使わせてもらいたいのだ、などと強弁されても、とうてい信じられるものではない。
「おーい でてこーい。いるのは分かってるんだぞ。おまえは完全に包囲されている」
 悪魔のような声でがなりたてるエフ博士。
「今日はおみやげに大変なプレゼントを持って来たのだ。さっさと開けなさい」
 どこまで本当のことかは分かったものではないが、とうとうエヌ氏もあきらめた。 こうなってしまっては猫と鼠、逃げられるものではないのだ。
 玄関のドアを開けると、いつものようによごれている本を脇に抱えたエフ博士。 だが、それだけではなかった。その背後にはなぞの青年、さらになぞめいた女のふたりが従っている。
「「あけましておめでとうございます」」
 声を合わせて言うふたり。
「あの、どちらさまで」
 すると女性はにっこり笑って、
「殺し屋ですのよ」
 間髪入れず青年の方が、
「なんでやねん」
 鋭いツッコミを入れた。
 エフ博士は大きく頷く。
「もう見て分かるだろう。おみやげというのはこのふたり。すなわちボッコちゃん一号二号だ。正月といえば漫才を筆頭とするお笑いの季節。この時のために精魂傾けて開発した特許の品、漫才ロボットなのだ」
「「なんでやねん」」
 ふたりが声をそろえた。
 ロボットには見えなかった。 なぞめいてはいるものの、人間離れしているというほどではない。
「で、どこがツッコミどころだったの?」
 エヌ氏は尋ねてみる。
「ぼくらまだ特許取ってないんです」
「あ、そう」
 再びエフ博士は大きく頷き、
「さあ、この欲望の城の城主に例のネタをご覧にいれなさい。気前のいい家主がおひねりの二、三億もくれるか分からん」
 すると、すかさずふたりは立ち位置を調整し、
「こんにちは、ボッコちゃん一号です」
「ボッコちゃん二号です。ふたり合わせて……」
「「ザ・マネー・エイジ」」
 漫才が始まる。

「やっぱり、お金は大切ですからね」
「そうかな」
「おととい盗んだ書類にも書いてありました」
「盗むな」
「しかしこのところ寒いですね」
「まあな。しかし、冬きたりなば春遠からじとも言うで。まごまごしてたら暑さにうんざりするような……」
「先日道を歩いてましたら、大変な人物にお会いしまして」
「なんやこっちの話は無視か」
「……これがなんと、ロジャー・闇の目・ジェイムズさん」
「だれやねん。えらいミドルネーム持っとるけど」
「あ、知らないかな。有名なんですよ。全人類だれひとりとして知らない者のない人物」
「ぼく知らんがな。あ、ぼくはロボットだから人類に含まれないわけか」
「そういうことです。なにしろ、このロジャーなんとかさん……」
「もう忘れたんか」
「なんと、最後の地球人。他にだれも生きていないんですから、間違いなく、全人類知らぬ者のない人物」
「あ、なるほど」
「で、このロなんとかさん」
「ここはアール氏にしとこ」
「……アール氏が私に近づいてきたかと思うと、強引にキスを迫ってきたんです」
「親善キッスってことかな」
「いえいえ、子孫を残すことを目的とした本格的な……」
「そうか。最後の人類としては相手を選んでるわけにはいかんわな」
「でもロボットだから子孫は残せません。とっさに悟った私はアール氏を激しく拒絶しました」
「逆に、受け入れても良かったんじゃ?」
「そんな生殺しみたいな悲しむべきことはできません。肩の上の秘書にも十分説明して、私がロボットであることを納得してもらいました」
「肩の上に秘書がおんの?」
「ま、一種の妖精です。蝶にも似ています。この季節なら冬の蝶」
「ロボットでも、そういうのが見えるんだ。なにか、そういう特殊な機能を組み込んであるんやね」
「納得はしてもらったんですが、とたんにアール氏は泣き出してしまいます」
「おやおや」
「どうもこの人類滅亡にはアール氏が深く関わってるようなんです。それを後悔して泣き出したみたいで。……まあ、自分ひとりになるとは思ってなかったってことでしょう」
「ありそうなお話やな。で、どういう関わりが?」
「アール氏、実は生活維持省のお役人だったんですって。ご存知の通り、ここは生活を維持する役所ですから、生活を混乱させる影響、たとえば怪獣の襲来なんかにも対応します」
「あ、そうだったんだ」
「ねらわれた星、その名は地球。知られていないことですが、この星にはさまざまな脅威が存在しています」
「うんうん」
「かつてアール氏が職務により対応をせまられたのも、そうした脅威のひとつでした。その名も『リンゴ地球クライシス』」
「なんやそれ」
「要するに、この地球をリンゴにたとえると、そのリンゴを内部から食らう虫が発見されたわけ」
「そりゃ、駆除せにゃな」
「そう。担当となったアール氏が立案したのがなんとかツキ計画……。そうそうキツツキ計画」
「ちょっと物騒なにおいしてきたで」
「キツツキのように地球をつついて、内部に巣くう虫たちを撃退しようという大それた計画」
「わ。やっぱしや」
「宇宙にちらばる小惑星を引っ張ってきて、次々に地球に落下させる波状攻撃。その衝撃で虫どもを追い出そうという……」
「あかんがな。なにごとにも程度の問題ってことがあるやろ」
「宇宙ステーション『月の光』にいたおかげで助かったのが、なぜかアール氏だけ」
「ま、そうなるわな」
「かくして、すっかり地球は滅んでしまったというお話」
「そうかあ。いや、そんなことあったか? わし、なんも覚えとらんで」
「それは消されちゃっただけ。白い記憶になってるでしょ?」
「なるほど。なにごとであれ強烈な体験は忘れてしまうっていうわな」
「誘拐された子どもが犯人の顔を忘れてしまうとかいうあれね」
「そんなわけあるかい」
「……とまあ、そういう夢を見たの」
「なんや夢オチかい。いや待て、ロボットなのに夢を見たっちゅうロボットオチかな。両方ともタブーとされとるオチやけど、重ねたらいけるんちゃうかな」
「……というわけでご相談というのは他でもない。ロボットの夢オチというのは、ありでしょうか、なしでしょうか」
「よろしくご判断のほど、お願いいたします」

 ぺこり、とふたりは頭を下げた。
 どこかで見たような展開。
「というわけで相談なのだが……」
 エフ博士が、真剣な口調で言う。
「なんですか。ロボットオチでも夢オチでも、私には関係ないでしょう」
「ところがそうはいかんのだ。実はこのふたりのロボット、きわめて高度な人工知能を組み込んである」
「そのようですね」
「それというのも、各種ネットに接続して、自律的に知能を高められるようになっておるからなのだ。すなわち、彼らの知能はこの世界に存在するありとあらゆるデータを統合して構築されていると言っていい」
 ボッコちゃんたちがここで「えへん」と、胸を張る。
「すると、どうなります?」
「この世界のすべてを反映するのだ」
 エフ博士はそう言う。エヌ氏は少し考えて結論を出す。
「つまり彼らの知能は地球全体の映し鏡ということですか」
「そのとおり。すなわち、彼らが見た夢は、現実の時間を追い越して未来を予告する、いわば正夢になる可能性があるのだ」
 エフ博士は真剣らしかった。
「地球が滅びると……」
「そのとおり」
 困った人ではあるが、この地球について心配しているのは間違いがなさそうなのだ。
 エフ博士の背後にはなぜだかボッコちゃんたちがニコニコして立っている。 「滅びるのか?」と聞いたら「滅びるのよ」とでも答えそうだ。
「念のため確認しますが、彼らはこの地球上のすべての情報にアクセスしてるわけじゃありませんよね? ネットにつながっているということは、そこに置かれた情報だけってことですよね?」
 エヌ氏は尋ねた。
「いやもちろん、ここにこうしているだけでネットにない情報も入手できてはいるわけだが……」
 エフ博士の答えを聞いて、エヌ氏は三つの顔を見回し、やがて微笑んだ。
「大丈夫でしょう」
「なに?」
「彼らはネット上にあるすべての情報から知識を得ています。けれど、ネットの情報には真偽を確定する方法がほとんどないのです。そうして、すべてのネット情報ということなら、そこには大量のフィクションも含まれていることになります」
 おとぎ話、メルヘン、ファンタジー、SFなどなど、たくさんの物語も含まれているだろう。
「む。うむ……」
「ならばきっと、彼らの夢もわれわれと同じなのではないでしょうか。つまり、たくさんの情報の中から、自分に必要な情報を取捨選択するための、一種の整理作業なんですよ」
「そうか。つまり荒唐無稽な夢物語ということか」
「文字通りそういうことでしょうね。ただ、われわれ人間より、ずいぶん規模の大きな夢、ということになるかもしれません。ある意味、ふたりでこの星全体を代表しているようなものですから」
 エヌ氏の言葉に、エフ博士は大きく頷く。
「さてと、立ち話もなんですから中にお入りください」
 玄関先で漫才を始められて、切り出すタイミングを失っていた。さすがに寒くなってきたのだ。
「よしそうしよう」
 エフ博士はそそくさと中に入ってきた。 ロボットを名乗るふたりもそれに従う。 その時、エヌ氏の胸にひとつのイメージが浮かんだ。
 一瞬ためらった。だが、それを言わなければ落ちつかない気がした。
 エヌ氏は決心して言葉にする。
「ようこそ地球さん」
 と。




 はい、お察しのとおりです。
 この作品は、星新一さんのショートショート集『ボッコちゃん』の作品タイトルをすべて織り込んだものだったんですね。 すなわち、三題噺ならぬ五十題噺。 ひとつついでを入れてますので、あるいは五十一題噺と言っていいかもしれません。

 以下に、『ボッコちゃん』の全作品タイトルを並べておきますので、よろしければご確認ください。
  • 《 悪魔 》
  • 《 ボッコちゃん 》
  • 《 おーい でてこーい 》
  • 《 殺し屋ですのよ 》
  • 《 来訪者 》
  • 《 変な薬 》
  • 《 月の光 》
  • 《 包囲 》
  • 《 ツキ計画 》
  • 《 暑さ 》
  • 《 約束 》
  • 《 猫と鼠 》
  • 《 不眠症 》
  • 《 生活維持省 》
  • 《 悲しむべきこと 》
  • 《 年賀の客 》
  • 《 ねらわれた星 》
  • 《 冬の蝶 》
  • 《 デラックスな金庫 》
  • 《 鏡 》
  • 《 誘拐 》
  • 《 親善キッス 》
  • 《 マネー・エイジ 》
  • 《 雄大な計画 》
  • 《 人類愛 》
  • 《 ゆきとどいた生活 》
  • 《 闇の目 》
  • 《 気前のいい家 》
  • 《 追い越し 》
  • 《 妖精 》
  • 《 波状攻撃 》
  • 《 ある研究 》
  • 《 プレゼント 》
  • 《 肩の上の秘書 》
  • 《 被害 》
  • 《 なぞめいた女 》
  • 《 キツツキ計画 》
  • 《 診断 》
  • 《 意気投合 》
  • 《 程度の問題 》
  • 《 愛用の時計 》
  • 《 特許の品 》
  • 《 おみやげ 》
  • 《 欲望の城 》
  • 《 盗んだ書類 》
  • 《 よごれている本 》
  • 《 白い記憶 》
  • 《 冬きたりなば 》
  • 《 なぞの青年 》
  • 《 最後の地球人 》

 私が、第五回星新一ショートショートコンテストの優秀賞に「奇数」で選ばれてから三十年以上過ぎてしまいました。
 それでも、初めて星さんにお会いした時の、あの夜の、とある一言が頭にこびりついて離れません。 同期受賞の井上雅彦と話している時にも出る言葉ですから、これはある種の呪縛なのかもしれません。
 その言葉に導かれて、たとえば同人誌を作り、出版社にも積極的に原稿の持ち込みをして、いつしか長編デビューも果たし、星さんには推薦文も書いてもいただきました(もっとも、星さんはこの本に不満があったらしいとも聞いています)。

 そうこうするうち、星さんがお亡くなりになってしまいました。 せめて一冊、ショートショート集をお目にかけたいと思っている時のことでした。 雑誌で追悼特集が組まれ、そこにショートショートを書かせてもらったりもしたのですが、なにかが物足りません。
 当時、私はNIFTY-Serveと言うパソコン通信(インターネットが普及する前に、独自規格で行われていたネットワーク)の推理小説フォーラム(今で言うSNSみたいなもの)で世話役(SYSOP)をしていました。
 そうして思いついたのが、『ボッコちゃん』の全作品と同じタイトルのショートショートを一気に書き下ろしてフォーラムに発表する、という無謀とも言える試みでした。
 およそ一ヶ月、私はこの作業にかかりきりになり、とにもかくにも五十作品を全部書き上げることができました。 それはもちろん、オリジナルには遠く及ばないようなものだったかもしれません。 ですが、私はこの執筆を通じて、初めてきちんと『ボッコちゃん』に向き合ったのかもしれず、書き上がった作品群は私にとって星さんとの対話に等しいものでした。
 それなりに自信もありました。 ですから当時、知り合いの編集さんにも見てもらったりしたのですが、結局、パソコン通信で発表しただけでそれきりお蔵入りしていたのです。

 ところが、先日メールが舞い込みました。 星さんのサイトに寄せ書きをして欲しいという内容。 「『ボッコちゃん』の全タイトルを使った作品があるとのことで、それを使いたい」というのです。 けれど、私が書いたことがあるのとは、微妙に違うような気がします。 そこで、古いファイルを引っ張り出してお送りしたところ、やはり勘違いでした。求めているのはつまり、五十題噺だったのです。

 誤解がとけて、まあ、普通に書けばいいですよ、ということにはなったのですが、ちょっと気になりました。 五十題噺、というのは今まで考えたことがなかったからでした。
 正直なところ、これはなかなかに無謀なミッションです。 世の中に三題噺というのはよくあるし、ショートショート雑誌の連載コーナーだったこともありますが、これは三題というのが絶妙なんですね。 時には傑作が生まれる可能性はあるものの、そうそううまくゆくものではない、というバランスがあるわけです。 三題で絶妙なバランスであるのに、それを桁違いの五十題にしようというわけですから、まったくバランスが壊れてしまうはずでしょう。

 ですが、無理難題のように見える、というのがくせ者でした。
 そういうのを見せられると、私の中の何かがうずくのです。 つまり、星さんの呪縛が立ち上がってくる。書けそうにない、ということがはっきりしているからこそ「書いてみたい」と思ってしまうのです。
 幸い、ショートショートという形式は、そうした無理難題を受け入れやすい器だとも言えます。 また、すべてのお題がひとつの傾向に統一されている可能性もありそうです。
 ならばと挑戦した結果が、先にご覧に入れた作品、というわけ。
 評価はあれこれあるでしょうが、なんとか星さんの教えに沿うことができたと思います。

 いえ、星さんからは、作品をどう書けばいいのか教えてもらったわけではありません。
 あの晩星さんは、壁に本をたっぷり飾った地下のバーで、受賞者たちに囲まれて何度も同じ言葉を繰り返していました。
 私は少し離れた席で、その言葉を受け止めていました。おそらく一生逃れられない言葉です。
 星さんはこう言ったのです。
「とにかく書け」
 そう、それがすべてです。


2015年12月

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