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 寄せ書き 
矢崎存美「隣に座れただけで」

小説家
 私が二十代の頃に小説家としてデビューできたのには、三つの要因があります。
 一つ目は当時がバブル景気だったこと。 バブルじゃなかったら、おそらくデビュー自体が無理だったんじゃないか、と思います。 私唯一の「バブルの恩恵」というやつです。
 二つ目は、同じような志を持つ同人誌仲間ができたこと。 一人で書いていたら、途中であきらめてしまっていたかもしれません。
 そして最後は、星新一ショートショートコンテストで優秀賞をとったこと。 それまで「小説家になれたらいいなあ……」とぼんやり夢想していた田舎のはたちの女の子に、「小説家になれるかも!」というはっきりとした希望をもたらしたのです。


 そう考えると、授賞式はとても大切な日であったはずなのに、ほとんど何も憶えていないというのが情けないところです。 その日、実はワタクシ的にいろいろと珍事がありまして、編集さんに大変なご迷惑をおかけした、という印象が強くてですね……。 私、今考えるとかなりなムチャぶりをしておりました。 何も知らなかったとはいえ! デビューしたあとだって、編集さんにあんな態度とったことないですよ! 多分!
 そんなこんなで授賞式パーティーで星さんとお話をした記憶はほとんど残っておらず……二次会のバーで、ようやくお隣に座らせていただきました。
 しかし、その時すでに星さんはだいぶ飲んでらっしゃった上に、私も緊張していたので、これもまた何を話したのか、あるいは話していないのかも憶えていない……。


 結局、私が星さんと直接お会いしたのは、この夜と翌年のコンテストの授賞式パーティーの時だけでした。 しかも、翌年のはアポなし入場。 ショートショートコンテスト受賞者で作った同人サークル「AんI」へ新受賞者を勧誘のため、というこれまた図々しい理由で。 何やってたの、私……。 いや、一人じゃなかったんですけどね。
 その時も星さんとは言葉を交わしていないと思うのです。
 好きな作品の作者さんを目の前にして緊張、というのもあったでしょうし、そもそも「小説家」という職業の方とどういう話をしたらいいのかまったくわからなかったんだと思います。 「まったくもったいない!」と言う人もいるでしょう。 私もそう思う。
 けど、今の私が同じ状況になっても、あまり変わらない気がします。 話したら、もちろん楽しいしうれしいでしょうけれど、割と隣に座っただけで満足、という感じになりそう。


 だから、星さんに直接何かお言葉をいただいてそれが支えになっている、なんてかっこいい話は私にはないのですが  今回この寄せ書きのお話をいただいた時、真っ先に思い出したのは、コンテストの時の選評の、最後の一文なのです。

「名文とは、持って回った形容ではなく、作者の意図がはっきり読者に伝わる表現のことである。」

 当時「名文!?」と思った記憶があります。 めっちゃほめてもらってる! 今読んでもそう思う。
 でもこれ……今読んで気づいたけど、星さんの言う「名文」って、読んでしまうと忘れてしまうものってことではないですか。 読者に「文」は残らない。 そこに込められた「意図」は憶えていても。


 二十代でデビューして、ずっと小説家としてなんとかやっているわけですけれど、何よりも読みやすく、ちゃんとこちらの言いたいことが伝わるようなものを書いてきたつもりです。 たとえ読み終わったあとにきれいに忘れられても、読んでいる間は楽しいようにと。
 そして、これからもきっと、そんなふうに書いていくはずです。
 そんな私の姿勢は、星さんにこの選評をいただいた時、決まったのかもしれません。
 そういう人の隣に座れただけでも、私としては満足かなあ、と思うのです。 あ、でも、もう少し大人で、気が回る人間だったら、選評のお礼を言えただろうな……。 それだけが後悔、でしょうかね。
 星さん、心に残る選評ありがとうございました。 これからも、小説書き続けます。 ショートショートも書きますよ!


2016年7月

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