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 寄せ書き 
日下三蔵「なるほど」

ミステリ・SF評論家、フリー編集者
 私は推理小説の仕事がメインと思われているかもしれないが、実は読者としての出発はSFの方が先であった。 小学生のころから読書は好きだったけれど、それは数ある娯楽の中の一つに過ぎず、学校や公民館の図書室で児童書を手当たり次第に読んでいただけだった。 ポプラ社の少年探偵団、ホームズ、ルパン、偕成社の<SF名作シリーズ>、あかね書房の<少年少女世界SF文学全集>などは片っ端から読んでいたものの、まだ大人向けの小説に手をのばすチャンネルはなかった。

 星新一の作品も、小学校の国語の教科書に載っていた「花とひみつ」がファースト・コンタクトだったが、その時には作者の名前は認識しておらず、中学生になって星新一の文庫本を読み耽るうちに「再会」を果たして驚いたものだ。

 私が現在のような寝ても覚めても小説を手放せない人間になってしまったのは、一九八〇年四月のことである。 この年、中学に入学した私は、新しく出来た友だちのYくんから「面白いよ」といって一冊の新書本を貸してもらった。 それは星新一の『かぼちゃの馬車』というショート・ショート集であった。

 へえ、短い作品がたくさん入っているのか、洒落ているな、と気軽に読み始めた私は、この作品集の2番目に入っている「なるほど」というショート・ショートを読んで、本を取り落としそうになるくらいの衝撃を受けた。 わずか数ページの作品のすべての描写が伏線で、ショッキングなオチまで読み進めると、確かに「なるほど」としか言いようがない。 論理性を煮詰めて凝縮したようなこの作品は、大人向けの小説に初めて触れた私にとって劇薬に等しかった。 こんな面白い作品に出会えるなら、もっともっと本を読みたい。 本を読むことを人生の目的にしてもいい。 そう思った。

 続けてYくんからまだ文庫になっていなかった『未来いそっぷ』『夜のかくれんぼ』『さまざまな迷路』(新潮社から新書サイズで出ていた星さんのショート・ショート集はよほど売れたらしく、十年以上も文庫にならなかったものが多い)を借りた私は、すっかり星新一の虜になってしまった。 『ボッコちゃん』『悪魔のいる天国』『ようこそ地球さん』などの文庫を小遣いのすべてをつぎ込んで買い集め出した私は、一日に一冊か二冊のペースで本を読む生活に突入した。 高校三年生のときに受験だからと一年弱「読書断ち」をした期間を除けば、三十年以上この生活スタイルは変わっていない。 そのきっかけとなったのは、星新一の「なるほど」を読んで受けたショックであった。

「殺し屋ですのよ」の意外なトリック、「暑さ」のエスカレートしていく恐怖、「月の光」の美しい情景、星作品にはSFだけでなく、ミステリ、ホラー、ファンタジー、あらゆるタイプの小説の面白さが詰まっていた。 いま考えると私の大好きな「ゆきとどいた生活」という作品は、ミステリでいう「叙述トリック」というテクニックを駆使した傑作だった。

 私は「なるほど!」と膝を打つ感覚を味わいたくて、SFを読み続けた。 半年も経たずに星新一を読み切り(一日一冊以上読んでいるのだから当たり前だが)、筒井康隆、平井和正、小松左京、半村良と次々に手を出しては読み尽くし、八三年の四月に都筑道夫と出会ってミステリの世界に足を踏み入れることになる。

 実は「なるほど」と並んで、(大げさにいえば)人生の転機となった作品が、もう一つある。 それは「処刑」という短篇で、出版芸術社から出したアンソロジー『日本SF全集』の第一巻にも、この作品を収録させていただいた。

 人気のある作品だからストーリーの説明はしないが、中学生だった私はこの作品を読んで、七十八十まで生きるかも知れないし、明日死ぬかもしれない、という当たり前のことに気がついた。 それならいちばん大事なのは、生きている今日ではないか。 今日を楽しく充実したものにしながら一日ずつ寿命を刻んでいくのが人生だ、という「悟り」が開けた。 子供のころは怖くてたまらなかった自分の死が、あまり怖くなくなった。

 ありがたいことに、いま私は好きな仕事をしながら楽しく暮らしている。 もちろん死にたくはないが、仮に明日死んだとしても、人生に後悔はない。 そう思わせてくれたのは、星新一の「処刑」なのだ。

 星新一の作品群は私の読書人生の原点であり、折りに触れて読み返してみたくなる故郷ふるさとのような場所である。


2016年10月

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