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 寄せ書き 
佐藤実「伏流水」

宇宙エレベーター研究者(東海大学)・日経「星新一賞」グランプリ受賞者
 本の虫には呼び合う習性でもあるのでしょうか。 私のまわりには、いつも本好きがいます。

 中学一年のときの友人、エス君も本の虫でした。
 エス君は色白の賢そうな少年で、その印象を裏付けるかのように、家にはたくさんの本がありました。 もちろん彼の部屋にも本棚があり、そこには星新一が揃っていました。
 一方、私はといえば、学校の図書室にあった星新一を読みきってしまい、禁断症状にも似た渇望状態にありました。 渇きに耐えきれず、人生初の文庫本を買ったのも、このころでした。 とはいえ、当時の私につぎからつぎへと本を買いあさる資力があるわけもなく、満たされない日々が続いていました。 そんなとき、期せずしてエス君から「それならウチにあるよ」と聞いた私は、学校帰りに彼の部屋に入り浸るようになりました。

 ある日、私がいつものように彼の部屋に上がりこみ、星新一を読んでいると、エス君が唐突に「ショートショート、書いてみようかと思うんだけど」と打ち明けてきました。
 いまから想うと、もっと真摯に応じるべきでした。
 しかし、思慮とか分別とかという言葉とはまるで無縁の中坊だった私は、「無理だよ、書けるわけがない」と素っ気なく返してしまいました。 中学生にプロの作家のようなお話を書けるはずがない、という思いこみが、そう言わせたのかもしれません。
 エス君は「そうだよね」と応えると、それ以後、この話題を持ちだすことはありませんでした。

 エス君、本当にごめんなさい。
 あのときはまだ、その一年後に、引っ越し先でできた友人にそそのかされてショートショートを書くことになろうとは、夢にも思っていなかったのです。 まして、人生初の文庫本、新潮文庫の『ようこそ地球さん』が、数十年後に「星新一賞」につながることなど、知る由もありませんでした。

 はじめて『ようこそ地球さん』を手にしてから三十数年後、収録作のひとつ「空への門」の後日談を書いたお話「ローンチ・フリー」で、第三回日経「星新一賞」をいただきました。 後日談とはいっても、続編でもなければ、スタイルのコピーでもありません。 そもそも、「空への門」で重要な役割を担っているロケットを、「ローンチ・フリー」では宇宙エレベーターに改変してしまっています。
 「空への門」は、ロケットの乗員を目指す男の悲喜を描いた、文庫本で4ページ足らずの短いお話です。 短いのにというか、短いからというか、強烈に印象に残るお話で、間欠的に湧いてくる伏流水のように、時折思い出してはこの男の行く末を思い描いていました。
 一方の宇宙エレベーターは、私を形づくる一部です。 『楽園の泉』や『星ぼしに架ける橋』で知り合ったあと、ずっと忘れていたのですが、21世紀に入ってから、ふとしたことで再会し、こんどはどっぷり惚れ込んでしまいました。 いまでは私の重要な研究テーマです。
 そしてあるとき、「空への門」の男が突然、宇宙エレベーターを上りたい、と言いだしました。 「ローンチ・フリー」が生まれた瞬間でした。

 湧き水は、雨水や雪解け水が地中にしみ込み、地下の帯水層を流れ、ふたたび地表に現れたものです。 山地に降った雨や雪が、数十年かけて麓から湧きだすこともあるといいます。 そしてその水質は、雨や雪そのままではなく、帯水層をゆっくり流れるあいだに、岩石や鉱物との相互作用によって変化していきます。
 私を流れる星新一は、エス君にも流れているはずです。 たとえば、このサイトの「寄せ書き」が、その証です。 さまざまな人の中を星新一が流れ、それぞれの泉となって湧きだしています。 水源をたどってみれば星新一、という湧き水は、相当な数に上るのではないでしょうか。

 エス君、あんなことを言っといていまさらだけど、私はエス君を流れる星新一を読んでみたい。 残念なことに、エス君とは音信不通です。 「相変わらず失礼なやつだ。音信不通なのはお前のほうだ」と突っ込まれそうですが。




私を流れる星新一。大切な一冊。


2017年7月

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